幼児教育の編集者ノート9 存在そのものの贈り物
幼児教育の編集者ノート9
存在そのものの贈り物
先日、オーストラリアの提携園のInstagramで、こんな言葉を見つけました。
> The most precious gift we can offer others is our presence.
>
> (私たちが他者に贈ることのできる最も尊い贈り物は、自分自身の存在である。)
この言葉を残したのは、ベトナム出身の禅僧、ティク・ナット・ハンです。
オーストラリアの保育園がベトナム人僧侶の言葉を紹介し、その言葉を日本の保育専門学校で働く私が読んでいる。
国も文化も異なりますが、人を育てる営みの根っこには共通するものがあるのかもしれません。
私はその投稿を見ながら、保育という仕事の本質について改めて考えていました。
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私たちは誰かの役に立ちたいと思います。
何かを教えたい。
助けたい。
励ましたい。
問題を解決したい。
それはとても自然なことです。
けれど、人はいつも答えや助言を求めているわけではありません。
ただ話を聞いてほしいときがあります。
ただ隣にいてほしいときがあります。
何も解決しなくても、「分かろうとしてくれる人」がいるだけで救われることがあります。
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保育の現場でも同じです。
転んで泣いている子どもに、すぐに正しい言葉をかけることが大切なのではありません。
友だちとけんかをした子に、すぐに解決策を教えることが大切なのでもありません。
まずは、その子の気持ちを受け止めること。
そばにいること。
安心できる存在であること。
そこから保育は始まります。
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前回の編集者ノートでは、「失敗する権利」について書きました。
失敗を恐れず挑戦できる環境が大切だと。
では、その環境は何によって生まれるのでしょうか。
私は、
「失敗しても大丈夫」
「うまくいかなくても大丈夫」
「もう一度やってみよう」
と思える安心感なのではないかと思います。
そして、その安心感は、
「あなたが失敗しても、私はここにいますよ」
という存在のメッセージから生まれるのではないでしょうか。
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隣の附属幼稚園では、校長先生がよく
「たくさん失敗しよう」
と子どもたちに伝えています。
もちろん、失敗そのものが目的ではありません。
守られた環境の中で失敗を重ねること。
安心して挑戦すること。
そこから学び、生きる力を育んでいくこと。
それが大切なのです。
これは子どもだけではありません。
学生も同じです。
大人も同じです。
安心して失敗できるから挑戦できる。
挑戦するから成長できる。
保育にも教育にも共通する考え方だと思います。
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最近は、便利な時代になりました。
分からないことがあれば検索できます。
AIに質問することもできます。
たくさんの知識や情報にすぐアクセスできます。
それは本当に素晴らしいことです。
しかし、どれだけ技術が進歩しても、
「誰かが自分のためにそこにいてくれる」
という安心感は別のものではないでしょうか。
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振り返ってみると、私自身も多くの人に支えられてきました。
特別な助言をもらったわけではなくても、
話を聞いてくれた人。
見守ってくれた人。
信じてくれた人。
その存在そのものが、人生の支えになっていたように思います。
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保育者は未来を信じる仕事です。
そして、その第一歩は意外とシンプルです。
特別な技術でも、難しい理論でもありません。
誰かのために、そこにいること。
その人の可能性を信じながら寄り添うこと。
それこそが、私たちが他者に贈ることのできる最も尊い贈り物なのかもしれません。

















