先輩インタビュー 三好文化幼稚園元園長 馬渕先生
三好文化幼稚園の園長を長年務めてくださった馬渕先生にインタビュー!
保育者を目指すきっかけは、中学2年のときに体験学習で保育園を見たことがきっかけとなった。自分自身ピアノは好きだし、保育の道に進ものいいかなと考えていた。当時、姉と一緒に住んでいたが、姉が専門学校をいくつか探してきてくれて、学校を知った。この学校には夜間部があり学生も複数在籍している。また授業は18時に始まるためお昼の時間に仕事をしながら学ぶことが出来る環境はとても良いと思った。
実際には16時半までお昼の仕事をして、18時から授業を受けるという生活だったけれど、職場の環境もとても良く、両立ができる環境が整っていた。保育の仕事は絶対に無くならない仕事だし資格さえあれば十分生きていけるもの、そして何歳になっても働くことが出来る仕事の一つだと思う。
学生生活では、幼稚園や保育園で助手の仕事をしながら学びに来る学生や、一般のお仕事をしながら学校に通う学生、子育て中の学生など、本当にいろいろな人たちが学びにきていたためいろいろな交流があった。幅広い年齢の人がいることや、経験の豊かさなどからほんとにいろいろなかかわりがあった。いろいろな経験をしてきている分、お互いがお互いの立場を理解することが出来ていたのもあり、どの人とも程よい距離感でかかわることが出来たのはすごく良かったと思う。授業で印象に残っているのは、【環境】に関する授業のとき担当の先生がバッタの話をしてくれたこと。『子どもがバッタをたくさん捕まえてきて、足の取れてしまったバッタを見せてきたら、あなたは何ていう?』と言われたとき、多くの人が『かわいそう…』などと言っていたけれど、保育の現場を経験している学生は、『まず、たくさん捕まえることができたね、うれしいね』と声をかけており、経験による考え方の違いはすごく大きいなと思った。これについても、いろいろな学生がいるから学ぶことが出来たのだと思う。
実際に働き始めて、5人の同期がいて、寮生活をしていたこともあり悩みの共有もでいたし、団結力もあった。職場には名古屋文化学園保育専門学校を卒業した先輩がたくさんいたから、遊戯会や運動会など特殊な行事の準備はつらいことも多くあったけれど、支えてくれるし、同期とは励まし合うことが出来たため、とても良い環境だった。仲間に恵まれた環境で働けていたなと思った。現場にでて一番大切なことは、たくさん失敗してそこから学んでいくことだと思う。
















